ヒストリー

【NBAヒストリー Vol.9】”無敵の巨人” シャキール・オニール

NBAの歴史を語る上で、シャキール・オニールを外すことは絶対にありえないと言って良いでしょう。

実力、実績、名声は歴代の選手の中でもトップクラス。

今回はそんなシャック(シャキール・オニールの愛称)の歴史について探ってみましょう。

シャキール・オニール(Shaquille O'Neal)

項目 詳細
アメリカ合衆国
出身 ルイジアナ州立大学
ドラフト 1992年 1位
所属チーム 1992-1996 オーランド・マジック

1996-2004 ロサンゼルス・レイカーズ

2004-2008 マイアミ・ヒート

2008-2009 フェニックス・サンズ

2009-2010 クリーブランド・キャバリアーズ

2010-2011 ボストン・セルティックス

ポジション C(センター)
身長 216cm

前代未聞の”巨体”と”運動能力”

NBAにおいて、シャックと言えば”巨体”、”巨体”と言えばシャックです。

ルーキーの頃から120kgの体重があり、現役時の最高は156kgまで到達しました。

ただそれ以上に衝撃的なのが、これだけの巨体を持ちながら素早い運動能力を備えていたことです。

巨体ならではのパワーと、アスリートとしての敏捷性を備えたシャックはまさに”無敵の巨人”というのにふさわしい選手でした。

自己中心的な性格

シャックの自己中心的な性格は、これまでさまざまな選手との不仲を生み出してきました。

並外れた実力を持っているシャックはインサイドでボールを独占したがりました。

不仲説のあった有名な選手としては、オーランド・マジック時代のアンファニー・ハーダウェイや、ロサンゼルス・レイカーズ時代のコービー・ブライアントなどが挙げられます。

ただ、レイカーズ時代に出会ったフィル・ジャクソンHCなどの影響で、キャリア中期から後半にかけては、チームプレイに不満を漏らすことがほとんどなくなりました。

苦手すぎるフリースロー

シャックの最大の弱点は”フリースロー”です。

その理由は、手が大きすぎるからです。

シャックのフリースローの成功率は散々で、フリースロー成功率よりもフィールドゴール成功率のほうが高くなるという異質な成績を残しています。

豊富な実績

シャックの実績も素晴らしいものが揃っています。

4度のNBAチャンピオン加え、3度のファイナルMVPを受賞、シーズン得点王も2度受賞するなどしています。

多くのチームを渡り歩いたシャックの選手生活

(引用元:http://www.miamiherald.com/sports/spt-columns-blogs/heat-check/article122302629.html)

19年間の選手生活の中で、シャックが渡り歩いたチームは実に6チーム。

その軌跡をそれぞれたどってみましょう。

オーランド・マジック

1992年のNBAドラフトで、オーランド・マジックから全体1位指名を受けたシャックの1年目は、まさに衝撃的でした。

有名なプレイの一つである、ダンクでゴールを破壊するプレイは、この1年目で2度見せました。

プレイオフ出場はあと一歩のところで逃したものの、新人王を受賞し、素晴らしい幕開けとなりました。

1994-95シーズンには、プレイオフのカンファレンスファイナルでマイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズに勝利するもファイナルで惨敗。

1995-96シーズンには、チームメイトのアンファニー・ハーダウェイとの関係が悪化し、プレイオフでも敗退したシャックはフリーエージェントとなり、ロサンゼルス・レイカーズへ移籍しました。

ロサンゼルス・レイカーズ

(引用元:https://lakeshowlife.com/2017/09/06/los-angeles-lakers-kobe-bryant-shaquille-oneal-named-difficult-defend/)

シャックが移籍してからの数年間、シャックの自己中心的なプレイのせいもあってタイトル獲得まで届きませんでした。

しかし1999年のオフにレイカーズはフィル・ジャクソンHCと契約、するとシャックもチームプレイを中心とするようになります。

そして迎えた1999-2000シーズン、シャックを中心としたレイカーズは圧倒的な実力でNBAチャンピオンの座に立ちます。

シャックとしては初のNBAチャンピオンであり、このシーズンではシーズンMVP、オールスターMVP、ファイナルMVPを独占する活躍を見せました。

続く2000-01シーズンは、当時最高勝率となる15勝1敗でNBAチャンピオンに輝き連覇を達成、シャックは2年連続のファイナルMVPを受賞します。

さらに2002-03シーズンも破竹の勢いでNBAチャンピオンに輝き3連覇、シャックは史上2人目の3年連続ファイナルMVPを受賞します。(もう一人はマイケル・ジョーダン)

しかしここから、チームメイトのコービーとの不仲が悪化。

以降はNBAチャンピオンになれず、2004年オフにマイアミ・ヒートへ移籍をしました。

マイアミ・ヒート

移籍したシャックは、ドウェイン・ウェイドとともにヒートを強豪チームに変貌させます。

シャックがヒートに移籍し2年目となった2005-06シーズン、下馬評を覆しファイナルまで進むと、ファイナルではダーク・ノビツキー擁するダラス・マーベリックスとの対戦となりました。

これを4勝2敗で制し、シャックは自身4度目のNBAチャンピオンに輝きます。

しかしこの頃から、シャックは故障で離脱することが増えました。

そして2007-08シーズンの途中、シャックはフェニックス・サンズへとトレードされます。

フェニックス・サンズ

サンズで迎えた2008-09シーズン、不仲説があったスティーブ・ナッシュと噛み合わない場面もありましたが、シーズン後半では復調します。

しかしプレイオフのファーストラウンドでサンアントニオ・スパーズに敗れ、シーズンを終えると、クリーブランド・キャバリアーズへ移籍します。

ちなみにこの2008-09シーズンのオールスターで、シャックはコービーと和解しています。

クリーブランド・キャバリアーズ

(引用元:http://www.sportingnews.com/nba/news/lebron-james-shaquille-oneal-career-points-total-nba-all-time-cavaliers-bulls/5ekrashfnhrt16bask71izv82)

キャバリアーズに移籍したシャックですが、高いスタッツを残すフィールドゴール成功率すらも、ルーキーシーズンに次ぐワースト記録を残してしまうなど、成績の低下は止められません。

そしてインパクトを残せずシーズンを終えると、オフにボストン・セルティックスへ移籍します。

ボストン・セルティックス

セルティックスに移籍したシャックは、プレイオフに出場を果たすもカンファレンスセミファイナルで敗退をします。

シーズン終了後、ドック・リバースHCに引退を勧められたシャックは2011年6月11日にTwitterにて引退を表明し、自身の19年間の選手生活に終止符を打ちました。

引退後

2013年4月2日、レイカーズ時代の背番号「34」の永久欠番セレモニーが行われました。

さらに2016年2月9日、ヒート時代の背番号「32」の永久欠番セレモニーも行われました。

豆知識

(引用元:http://www.slamonline.com/nba/shaquille-oneal-talks-asw-and-shareef/)

何もかも特徴的なシャックの面白い豆知識をご紹介しましょう。

靴のサイズは?

シャックの靴のサイズは、日本サイズで41.0です。

どのくらいか想像つきますか?

シャックの影響で・・・

先述した通り、シャックは公式戦でゴールを2度破壊しています。

それによりゴールは破壊されないように強化され、現在ではよほどのことでない限りは壊れない構造となっています。

家は開けっ放し!?

シャックの自宅に「親戚」を名乗る人物が絶えないため、シャックが不在でも家に大量の食べ物や飲み物が置いてあるのだそう・・・

その面倒見の良さからついた愛称は「ビッグ・ダディ」です。

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