ドラフトの1ヶ月前からマイケル・ジョーダンの指名を確信していたブルズ

ポートランド・トレイルブレイザーズのファンにとっては苦い記憶かもしれませんが、彼らは1984年のドラフトで全体2位指名権を保持していたにも関わらず、マイケル・ジョーダンという偉大な選手を見逃してしまいました。

ブレイザーズは全体2位でサム・ブーイを指名し、全体3位指名権を持つシカゴ・ブルズがマイケル・ジョーダンを指名しました。

驚くことに、これはドラフト当日の1ヶ月前から分かっていたシナリオだったようです。



当時ブルズのゼネラルマネージャーを務めていたロッド・ソーンは『ESPN Radio’s Kap & Co』に出演した時、ドラフトで誰を指名する予定であったかということについて語りました。

「ドラフトのかなり前から、ジョーダンが残っていればジョーダンを指名すると決めていた。(アキーム)オラジュワンがどうにかして3位まで残っていてくれればよかったけど、それは無理だったからね」

アキーム・オラジュワンがその年のドラフトでヒューストン・ロケッツに全体1位指名をされる可能性は高かったため、ブルズの望みはブレイザーズが全体2位でジョーダンを指名しないことだけでした。

するとドラフト当日の1ヶ月前、ソーンは当時ブレイザーズのGMであったスチュ・インマンから、喜ばしい情報を得ることができたと言います。

「スチュ・インマンはドラフトの1ヶ月前に、サム・ブーイがフィジカルテストに合格したら彼を指名すると言っていたんだ。

ドラフトの1週間前、私はインマンに電話して、ブーイがフィジカルテストを受けたのか聞いたら、彼は”イエス”と答えた。合格したのかと聞いたら、”イエス”と返ってきたよ」

ソーンによれば、多くのチームが全体3位指名権を獲得するため、ブルズにトレードを持ちかけてきたようです。

しかし、ジョーダンこそブルズが探し求めていた選手であり、1ヶ月前からジョーダンを指名できることを確信していたため、彼らは指名権を手放すことはありませんでした。

「誰かが我々の指名より前にトレードしたり、考えを変えたりしなければ、ジョーダンを指名できることは分かっていた」



言うまでもなく、ジョーダンを獲得したブルズは1990年代に6度の優勝を経験する王朝を築き上げました。

一方でブレイザーズも毎年プレイオフ進出を果たし、1992年にはファイナルでブルズとの対戦が実現したものの、優勝に手が届くことは一度もありませんでした。

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