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スパーズが最後にプレイオフ進出を逃したとき、世界で起こっていた”10の出来事”

この22年間、サンアントニオ・スパーズは一度たりともプレイオフ進出を逃すことがありませんでした。

彼らが最後にプレイオフを逃したのは、20勝62敗で終わった1996-97シーズンの話です。

22年間連続プレイオフ進出という記録がどれだけの偉業であるかを理解するためにも、ここでは1996~1997年の間に世界で起こっていた”10の出来事”をご紹介しましょう。

1. マイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズの優勝

まずはNBAで起こっていたことから紹介しましょう。

1996-97シーズンのNBAは、マイケル・ジョーダンとブルズが2度目の3連覇を成し遂げる時の真っ只中にありました。

ジョーダンはリーグの得点王に輝き、デニス・ロッドマンはリバウンド王に、そしてブルズはファイナルでユタ・ジャズを撃破しました。

2. カール・マローンがシーズンMVP

ジョーダンも素晴らしいシーズンを送っていましたが、シーズンMVPは物議を醸しながらもジャズのカール・マローンに決定しました。

一方、新人王はアレン・アイバーソンが選出されています。

3. ティム・ダンカンが主要個人賞を総ナメ

当時ウェイクフォレスト大の4年生だったティム・ダンカンは、1996-97シーズンの大学バスケットボールで主要個人賞を総ナメしましたが、NCAAトーナメントで優勝することは叶いませんでした。

1997年のドラフトでスパーズに指名された後の結果は、誰もがご存知の通りです。

4. アトランタ五輪

アトランタ五輪では爆破テロ事件ありますが、ここでネガティブな話をすることは無しです。

パーキンソン病を患うモハメド・アリが最終聖火ランナーとして人々の感動を呼んだほか、日本では柔道で田村亮子が銀メダル獲得、サッカーの一次リーグでブラジル代表を破るといった出来事がありました。

当然ながら、バスケットボールではアメリカ代表が優勝しています。

5. ディアンジェロ・ラッセル、マイルズ・ターナー、ベン・シモンズらが誕生

スパーズの王朝が始まる直前にも、何人かの将来のNBAスターが誕生しました。

1996年にはディアンジェロ・ラッセル、マイルズ・ターナー、ベン・シモンズのほかにも、デビン・ブッカー、ジェイレン・ブラウンらが生まれています。

1997年には、現在のニューオーリンズ・ペリカンズのチームメイトであるロンゾ・ボール、ブランドン・イングラムが生まれています。

ちなみに、当時はペリカンズというチームも存在していませんでした(前身のニューオーリンズ・ホーネッツが2002-03シーズンから設立)。

6. 映画『タイタニック』が公開

1996年に公開された映画『インディペンデンス・デイ』も8億ドル以上の興行収入を得ましたが、1997年に公開された『タイタニック』はそれを大きく上回る18億ドルという驚異的な数字を記録しました。

これは2009年の『アバター』が公開されるまで、史上最高の記録となっていました。

7. 『マカレナ』が大流行

1996年に『マカレナ』の曲とダンスが世界的に大流行し、スパーズの試合でもファンは至るところでこのダンスを踊っていました。

当時のことを知らない人にとっては、このブームを理解するのは到底難しいでしょう。

8. ダイアナ妃が逝去

ブルズがNBA王者に輝いてから2~3ヶ月後のことですが、時期を考えると、これは忘れられない出来事の一つです。

元ウェールズ公妃のダイアナ・スペンサーは1996年にチャールズ皇太子と離婚しましたが、それでも非常に人気のある文化人でした。

しかし、1997年にドディ・ファイド、アンリ・ポールと共に、フランスのパリで交通事故による不慮の死を遂げました。

9. 『たまごっち』が流行

1996年に日本で発売された『たまごっち』は、小さな手持ち式のデジタルペットを飼ったり、世話をしたりするゲームで、1997年には世界的にも大流行しました。

しかし、結局みんなのたまごっちは亡くなりました。

なぜなら、子どもたちが長い間面倒を見るのは難しいからです。

10. スティーブ・ジョブズが『Apple』に復帰

スティーブ・ジョブズはスティーブ・ウォズニアックと共に、『Apple』の創設やコンピュータの変革に貢献しました。

しかし、1985年に販売不振によって会社を追い出され、新たに『NeXT』と呼ばれる会社を設立します。

その後、1997年に『NeXT』が『Apple』に買収されることを機にCEOとして復帰すると、今度は『Apple』で成功を収めました。

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