2018-19シーズン限りで引退したドウェイン・ウェイドは、間違いなく永遠に語り継がれるマイアミ・ヒートのレジェンドです。
ただ、ウェイドはマイアミの地に3度の優勝をもたらしたと言えど、それは決してウェイド一人の力で成し遂げたものではありませんでした。
2006年はシャキール・オニール、2012年と13年はレブロン・ジェームズとクリス・ボッシュというビッグネームがあったことも、ヒートの歴史を語る上で忘れられないことです。
そうなると、ここで一つの疑問が浮かび上がることとなりますが、どうやって彼らのようなリーグを代表する選手を、ヒートに揃えたのでしょうか?
答えはいくつかあるかもしれません。
確かにサウスビーチはNBA選手にとっても魅力的な場所であり、所得税が課されないという利点もあります。
しかしここで興味深いのは、ウェイドがそのような魅力的な場所に、ビッグネームを勧誘したわけではないということです。
ウェイドは『Sports Illustrated』に対し、次のように語りました。
「マイアミで選手を勧誘する必要は無かったね。シャックに売り込む必要は無かった。レブロンとクリスに売り込む必要も無かったね。僕たちが一緒に居たところで、必ずしもそうなる(優勝できる)とは限らなかったからさ。誰かが僕に接触して、僕が(マイアミを)どう思っているのか尋ねてくるなら、彼らに熱弁するよ。だけどマイアミで選手を勧誘する必要は無かった。そういうのは、ただのメディアの噂だと思う。誰かが書いているんだよ。僕からしてみれば滑稽だね」
ウェイドが勧誘しなくとも、ビッグネームの移籍は成り立つかもしれません。
ヒートの球団社長であるパット・ライリー氏は、非常に影響力のある人物であり、彼の手腕がビッグネームを移籍させた可能性もあります。
しかし、いくらマイアミの文化が魅力的でも、フロントの手腕が優れていても、それだけでは不十分でしょう。
やはり、ヒートにウェイドという優勝へ導ける才能を持った選手が居たからこそ、ビッグネームがマイアミでプレイする決断を下したはずです。