考察

NBAドラフト当日にチームの将来を左右することになった5つのトレード

若き有望な選手が指名されていく瞬間を見届けることだけが、NBAドラフトの醍醐味ではありません。

各チームが指名する合間に行われるトレードもまた、注目に値する動きの一つであり、時にはそれが人々の記憶に残り続けるものとなる可能性もあります。

要するに、その時は最善だと感じて行ったトレードも、時間が経過するにつれてフランチャイズの未来を築くものであったのか、壊すものであったのか、答えが明確になることがあるということです。

ここでは、そんなNBAドラフト当日にチームの将来を左右することになった5つのトレードを振り返ってみましょう。

ダーク・ノビツキー(1998年)

▼両チームが放出した選手や資産

ミルウォーキー・バックスダラス・マーベリックス
ダーク・ノビツキー(全体9位)
パット・ギャリティ(全体19位)
ロバート・トレイラー(全体6位)

言うまでもなく、ダーク・ノビツキーは2019年に引退するまでの21年間をダラス・マーベリックスに捧げた、正真正銘のフランチャイズプレイヤーと呼べる選手の一人です。

彼はキャリア通算平均20.7得点、7.5リバウンドを記録し、2011年にはマーベリックスを球団史上初の優勝に導くとともにファイナルMVPを受賞したほか、2007年にはシーズンMVP、14回のオールスター出場、12回のオールNBAチーム選出といった実績を残してきました。

一方でバックスが獲得したロバート・トレイラーは、わずか2シーズンで平均4.5得点、3.2リバウンドに終わりました。

このドラフトの3年後、バックスはプレイオフのカンファレンス決勝でフィラデルフィア・76ersと第7戦までもつれた末に敗れましたが、もしここにノビツキーが居たとすれば、結果は大きく違っていたかもしれません。

スティーブ・ナッシュ(1998年)

▼両チームが放出した選手や資産

フェニックス・サンズダラス・マーベリックス
スティーブ・ナッシュババ・ウェルス
パット・ギャリティ(全体19位)
マーティン・マーセップ
1999年1巡目指名権

ダラス・マーベリックスはダーク・ノビツキーを獲得するだけに留まりませんでした。

彼らはフェニックス・サンズとのトレードで、ゆくゆくはノビツキーと最高のデュオの一つを結成するスティーブ・ナッシュを獲得したのです。

ナッシュはマーベリックスでの6シーズンで平均14.2得点、7.6アシストを記録しました。

彼の存在が、ノビツキーの迅速な成長に繋がっていたことは明らかでしょう。

一方、サンズが獲得した3人の選手はいずれもシーズン平均11.0得点を超えることがなく、特にババ・ウェルスとマーティン・マーセップに至っては2人で計122試合の出場に終わりました。

サンズは2004年のオフシーズンにフリーエージェントとなったナッシュと契約を結び、彼は2005年と2006年に2年連続シーズンMVPを受賞しましたが、トレード以前にもナッシュがサンズで2シーズンに渡ってプレイしていたことを考えると、彼を手放していたのは完全なる失敗でした。

スコッティ・ピッペン(1987年)

▼両チームが放出した選手や資産

シアトル・スーパーソニックスシカゴ・ブルズ
スコッティ・ピッペン(全体5位)オルデン・ポリニス(全体8位)
1988年2巡目指名権
1989年1巡目指名権

公平性を保つために言っておくと、シアトル・スーパーソニックスは獲得した1989年の1巡目指名権でショーン・ケンプを指名し、彼はオールスターの常連となる地位まで上り詰め、オルデン・ポリニスも攻守で優れたロールプレイヤーであったため、このトレードは決して最悪のものではありません。

ただ、やはりスコッティ・ピッペンの放出は、それ以上の損失であったと言うべきでしょう。

ピッペンはブルズで6回のNBAチャンピオンに貢献し、自身としても7回のオールスター出場(ケンプは6回)、7回のオールNBAチーム選出、10回のオールディフェンシブチーム選出を果たしました。

カワイ・レナード(2011年)

▼両チームが放出した選手や資産

インディアナ・ペイサーズサンアントニオ・スパーズ
カワイ・レナード(全体15位)
ダービス・ベルターンス(全体42位)
ジョージ・ヒル

ジョージ・ヒルは堅実な選手で、インディアナ・ペイサーズでは5シーズンで平均12.3得点、4.0アシスト、フィールドゴール成功率 44.8%を記録しました。

しかし、カワイ・レナードは2回の優勝、2回のファイナルMVP、2回の最優秀守備選手賞受賞、4回のオールスター出場、4回のオールNBAチーム選出、6回のオールディフェンシブチーム選出といった実績を持ち、今ではリーグ最高の選手の一人として5本の指に入るほどのスーパースターです。

ダービス・ベルターンスもリーグ屈指のシューターとして才能を開花させており、昨季はワシントン・ウィザーズで平均15.4得点、3ポイントシュート成功率 42.4%を記録しました。

このトレードは、おそらく2010年代の中では最もチームの将来を左右したドラフト当日のトレードとして挙げられるでしょう。

コービー・ブライアント(1996年)

▼両チームが放出した選手や資産

シャーロット・ホーネッツロサンゼルス・レイカーズ
コービー・ブライアント(全体13位)ブラデ・ディバッツ

コービー・ブライアントはロサンゼルス・レイカーズへの入団を強く望み、それが叶わないのであれば大学に進学すると主張していたため、決してシャーロット・ホーネッツを責めることはできませんが、いずれにしてもチームの将来を左右したトレードであったことは間違いありません。

それも史上最大と言えるレベルで――。

ブラデ・ディバッツはレイカーズにとって堅実な選手でしたが、同年に彼らはシャキール・オニールを獲得していたこともあり、ポジションやサラリーキャップの問題を解決するためにディバッツはホーネッツへトレードされました。

ディバッツはホーネッツでの2シーズンでも変わらず堅実で、平均11.7得点、8.2リバウンドを記録しましたが、それは慰めにもならないでしょう。

ブライアントは2016年に引退するまでの間、19年間のキャリア全てをレイカーズに捧げました。

彼はキャリア通算平均25.0得点を記録し、その過程で5回の優勝、2回のファイナルMVP、2008年のシーズンMVP、18回のオールスター出場、15回のオールNBAチーム選出、12回のオールディフェンシブチーム選出を果たしました。

恒久的に人々の記憶に残り続ける将来のNBAレジェンドが、1996年のNBAドラフトで一夜にしてトレードされたのです。

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