1968年に現在と似た状況に直面したウェイン・エンブリーは、シーズン再開の賛否に何を想う

ウェイン・エンブリーは1958年から1969年にかけて、主にシンシナティ・ロイヤルズとボストン・セルティックスでプレイし、5度のオールスター出場を経験したほか、1999年にはバスケットボール殿堂入りを果たした人物です。

人種差別や社会的不正に抗議するため、NBA選手にもプレイするかどうかの決断が迫る中、エンブリーは現状に何を想うのでしょうか?



確実に言えることがあるとすれば、エンブリーはプレイするということです。

『ESPN』のブライアン・ウィンドホースト記者を通じて、エンブリーは次のように語りました。

「私はスポーツがより大きな社会のモデルになることを常に提唱してきた。なぜなら、我々は異なる文化や背景を持つ人々と協力し、共通の目標に向かって努力しているからだ。(社会改革を)前進しつつも、今からプレイを始めるのはモデルになるかもしれない。私にはプレイするだろうということが分かるよ」

というのも、エンブリー自身もセルティックスに在籍していた1968年に同じような状況に直面していました。

マーティー・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)が暗殺されたその日は、ちょうどフィラデルフィア・76ersとプレイオフの試合がある日でした。

エンブリーと彼のチームメイトの数人は、当然ながら試合を欠場することを計画していたようです。

「試合なんてやっている場合じゃなかった。皆が傷ついていたからだ。ミーティングが行われ、白人選手の数人はプレイしたがっていたが、ほとんどの黒人選手はそうではなかった。すると、(当時のセルティックスのヘッドコーチである)レッド(アワーバッハ)と、(当時のNBAコミッショナーのJ・ウォルター)ケネディがやって来て、プレイするほうが賢明だと思うと言ったんだ。人々は試合を観戦するために家に居るだろうからね。

我々は議論を重ね、暴力は望んでいないという結論に至った。キング牧師のレガシーは非暴力だった。だから、我々は試合をすることに決めたんだ」

その後、NBAはキング牧師の葬式が行われるまで4日間、試合を中断することを決定しました。

これは現在の状況と全く同じではありませんが、それでも多くの類似点はあると言えるでしょう。

社会問題に対し、選手がそれぞれの立場を明らかにするという部分は特にそうです。

エンブリーはさらに、「私は合衆国憲法修正第1条の大きな支持者だ」と付け加えました。

「人々には声高に抗議する権利がある。選手は黙ってドリブルしていてはならない。もし憲法を信頼しているなら、愛国者として望むことを何でも言える資格がある」



抗議運動に徹するためにプレイしないことを選択するのは、もちろん素晴らしい決断なのでしょう。

しかし、エンブリーのように過去の選手がスポーツを通じてメッセージを送ってきたこともまた、一つの事実なのです。


いつでもNBAを楽しむには?

”NBA Rakuten”なら「NBA」をいつでも楽しめます!様々なプランから自分に合ったプランを選び、波乱の2019-20シーズンを堪能しましょう。10月31日まではディスカウントキャンペーンも実施中。